アメリカ人のママと結婚してはや13年、3人のハイブリッド(あえてハーフと呼びません)キッズのパパの子育て奮闘記です。


by takatsugupapa
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
    ニューヨークのフルサービスのイタリアンレストランでアルバイトしていた時のことがあります。レストランはチップ制なのでウエイトレスの時給はものすごく安く、10年ほど前ですが、一時間2ドルほどでした。しかし、そのレストランは地元でも人気があり金、土曜日の夜に4時間ほどで150ドルから200ドルぐらいのチップが稼げます。チップ制なので、ウエイトレスはいかにお客にスムーズに気持ちよく食事してもらうかをいつも考えています。当然そのできによってチップの量もかわってくるのでみんな必死です。閉店後みんなでそのチップを均等にわけるのでへたくそなウエイトレスなどはみんなに嫌われるので長続きしません。

    いかにお客にスムーズに気持ちよく食事してもらうために必要な最も重要な技術が会話とネゴシエーションです。日本でよくあるように、すべての料理がお客の食べるペース無視でどんどんどんーと出てくることはあまりありません。週末ディナーに来ると最低でも1時間から2時間はかけてゆっくりと食事をするので、担当のウエイトレスはそのペースをよく考えながら、キッチンスタッフに次の料理を仕上げるタイミングを伝えます。
よくあることなのですが、お客はよくレストラン側が作ったメニューを自分に合うように変えてしまうことあります。嫌いな具材を抜いてくれというだけでなく、違うものにかえてくれ(アスパラガスは嫌いだからグリーンビーンズに変えてくれ、とかチェダーチーズの代わりにスイスチーズにしてくれ)と要求します。簡単なことなら、ウエイトレスの判断でできるだけお客の要望にこたえます。しかし根本的にメニューを変えてリストにはないオリジナルのメニューなどを要求されると、気難しい料理長を説得する必要が出てきます(これが一番大変です)。お客の方もウエイトレスに無理を言っているのがわかっているので、お客もウエイトレスを説得する必要があります。そんなときに自分に良いネゴシエーションスキルがあるかどうかで、お客にしたら自分の好みの料理が食べられるか、ウエイトレスにしたらより多くのチップが貰えるかが決まってきます。そのためお客とウエイトレス、ウエイトレスとキッチンスタッフ(特に料理長)は、会話を通してうまくネゴシエーションできるような間柄を作っておく必要があります。

     僕の主観なのですが、日本では、ウエイトレスはものすごく丁寧できもちいいのですが、型にはまっているようであまり楽しくありません。そのためかものすごく偉そうなお客もいますが、、、。そのイタリアンレストランでは、日本のようにウエイトレスは丁寧ではないですが、お客との会話を楽しみ、自然体(柔軟な)の接客をしているように感じました。(地元のレストランなので、来る人も常連さんが多いいからそう感じるかもしれませんが)

     またネゴシエーション社会だなあと思わされた別のシチュエーションですが、あるとき保険会社からの手紙が届き、それには条件が十分ではないので保険金が支払えないという内容でした。どう考えてもおかしいのですぐ保険会社に電話してお互いに色々と話した結果、納得してもらって保険金を満額支払ってもらいました。もしその手紙をもらってあきらめていたら全くもらえないところでした。またケーブルテレビを解約しようとケーブル会社に電話すると、電話の相手は、なんで解約するのかとか(アンケート調のもの言いではなく、自然な会話の中で)きき、最終的に1か月無料にするので、もう少し考えてほしいと頼み、僕たちもそれに了解しました。

     アメリカでは、何でもお互いよく話あって、ネゴシエーションして決める習慣があるようです、もしそれをしないで、しょうがない、とかできないとかいってしまうと全く自分の意見が通らなく、損をしてしまったりします。

     なので子供たちは小さいころから、会話(socialization)、ネゴシエーションスキルを学びます。Day Care Center では、朝のサークルタイム、Show and Tell などでこのスキルを学び、先生もできるだけ、子供たちにOpen Ended Questions(Why,How,What do you think,what do you feel,など決まった正解のない答えができる質問)を用いることで、子供たちにYes, Noだけで答えるのではなく、自分が思うことや、感じることをキチンと主張できるようになる練習を遊び感覚の中で学んでいきます。お絵かきの時間でも、家族とその家を書いている子供に、なにかいてるの?これおかあさん? これだれ?これいえ?というより、上手にかいてるね、ぼくにもこの絵についておしえて?とかなんでこのおかあさんわらってるの?、
みんな何しているの?このあとみんなどうするの?などと聞いてあげれば、その子はたぶん誇らしげに色々教えてくれ、会話スキルだけでなく、Self Esteem(自分に自信がつく)の向上にも役立ちます。
     
     次回もう少しネゴシエーションについて書きたいです。
# by takatsugupapa | 2009-02-22 12:13 | 子育て
    昨日(日曜日)、前から計画していた恩原高原へスキーツアーに行ってきました。ここ2,3日すごく暖かかったので雪があるのか心配でしたが、なんとか大丈夫でした。長男(7才)と二男(5才)にとっては初めてのスキー体験でした。2人とも大興奮で前の夜も眠れないくらいでした。僕もマリースも8年ぶりのスキーで子供たちに教えるというより自分たちがコケないように滑るので精いっぱいでした(年のせいの方が大きいかもしれませんが)。子供たちとリフト乗り場のすぐ前の緩やかな斜面で午前中いっぱい練習し、二人とも文句いいながらでも、転ばないでまっすぐ滑れるぐらいになりました。それでもまだリフトには乗れず、(僕たち親のほうが、子供たちをリフトに乗せることにビビってしまっていました。子供が途中で落ちたらどうしよう、とか考えていました。)それから、お昼ご飯を食べている時に、一緒に行った友達が、「子供もリフトで上がった方がいいよ、やっぱり転んでも滑って降りると早く上手になるよ」といってくれました。
     それまでは、子供もなんか飽きてきていて、キッズパークで遊びたいとかいっていたので、そうしようか、とマリースと話していました。しかし、その友達のアドバイスもあって、一度リフトで上がってみようということになりました。僕は絶対、子供たちには無理で、板を担いで降りなくてはいけないんだろうなあと思っていました。リフトでは、なんとか乗ることができ、降りるときには、次男がうまく降りれずリフトに後ろから轢かれてしまいましたが、どうにか4人ともコースの上に立つことができました。先にマリースと次男が降りたのですが、長男はなかなか踏ん切りがつかないようでした。絶対助けてあげるといって、僕は長男と一緒に降りたのですが、下まで降りるのに30分はかかったと思います。長男は何度転んだでしょうか(20回は転んだと思います。)何度もスキー板が外れ、なかなかブーツにつけられず泣きそうになっていました。それでも彼を励ましつつなんとか滑り続けました。先に降りたマリースと次男が待っている地点に近づくと、少し慣れたのもあったのか今まで以上の頑張りようで、お母さんと弟に良いところを見せようとしているようでした。
     その時、本当に友達のアドバイスを聞いてよかったなあと思いました。もし聞かずに二人をキッズパークに連れて行っていたらそれなりに二人は楽しんだでしょうが、今後スキーに興味を持ち続けるかどうかは?だと思います。子供の背中をほんの少し押してやることってやっぱり大事なんだなあと感じました。そのあと子供たちは3回リフトに乗り、スキーに挑戦しました。帰りのバスの中、4人ともへとへとでしたが、それでも子供たちはまたスキーに行きたいと言っていました。
     前前回、子供を見守ることは大事だと書きましたが、時にはほんの少し子供の背中を押してあげることで、子供たちに新しい世界(大袈裟かのしれませんが)を経験させてあげられることを教えられました。ただ、難しいのは、子供が本当に嫌でしょうがないのにやらせようとするといった、大人のエゴの押し付けにならないように気をつけなければならないことです。最近、僕は子供特に長男にすこし、甘いというか過保護になりすぎているのかなあと不安になっています。彼にはできることをやらさずに、チャンスの機会を潰してしまっているのでは?と不安になっています。その反対に彼の好きなことばかりやらせて、甘やかしているのかなあと心配になっています。当たり前のことなのですが、、、、、やっぱり子育てって難しいですね。
今日の絵本は、Try and Stick With It (Learning to Get Along) by Cheri J. Meiners and Meredith Johnson です。
# by takatsugupapa | 2009-02-16 19:14 | 子育て
     昨夜、マリースと久しぶりにビデオを観ました。「Juno」という高校生の女の子が妊娠してしまい、自分では育てられないので、子供のできないカップルに譲るというストーリーでした。主人公とその家族、ボーイフレンドがあまりに冷静で現実身が少しないようにもおもえましたが。
     というのも僕はアメリカで10代のシングルマザーと関わる機会がありました。彼らはもっと現実的な問題にぶち当たっていたようでした。僕が初めてアメリカに渡って、どうにか仕事を見つけようとしていた時にとても興味深い職を募集しているのを僕のEnglish Teacherが見つけてくれて、「Takaにぴったりだからやってみなさい」と推薦してくれました。それがBOCESというNY州のプログラムの一つで、どうしても普通の中学、高校に馴染めない、あるいはある理由で学校に行けない子供たちのための学校でその生徒たちのサポートと彼らの子供たちのサポートをする職でした。
      初日、朝学校について校舎に入ってみると、それはまるで映画の中にでてくるような高校の廊下一杯にあふれた若者の群れがそこにありました。あるカップルは堂々とキスしてるし、あるアフリカ系の男の子は、見上げるほど大きく刺青をした丸太のような腕を友達に見せているし、その周りをヒップホップみたいな格好した男の子たちが走り回っていました。一応先生は廊下にいるのですが、ほとんど無視というよりその中に溶け込んでいる風な先生ばかりでした。内心「絶対無理、こんなとこで絶対働けない、もう帰ろう、Bob(僕の英語の先生)、なんでこれが僕にぴったりなの!僕の方が子供に見えるような子ばっかしで、なんのサポートするのよ!」とさけんでいました。
     一番奥にある教室に入るとそこは、廊下とは少し雰囲気が違い少し落ち着いた感じでした。そこには僕のほかに3人のスタッフとスクールカウンセラーがいました。彼らにあいさつを済ませると、ちょうど子供や赤ちゃんをつれた女の子たちが次々に入ってきました。17歳のお母さんが2人、16歳のお母さんが3人、13歳のお母さんが1人、15歳のお母さんが2人でした。その中でボーイフレンドと一緒に来たのは1組でした。そのほとんどの生徒はシングルマザーでした。それでも、どうにかして子育てしながら高校を卒業しようと思っている子ばかりでした。
みんな僕に一瞥くれる(それも刺すような冷たい視線)だけで、僕にはものも言わず子供をおいて出て行きました。
     彼らに認められるのに約一か月程かかりました。最初は挨拶もしてくれなかったのですが、彼らの子供たちが僕に慣れてきはじめると、少しづつですが話をしてくれたり、僕が言うことを聞いてくれるようになってきました。
     ただ17歳のモニカは別でした。モニカはダコタという2才の女の子の母親でとても気性の激しい子で学校でも有名でした。以前、化学の先生と口論になりカフェテリアのキッチンへ行って包丁をつかむと叫びながら教室に戻ろうとしたそうです。その途中で校長先生にとめられたそうですが、。モニカはよく授業中にダコタに会いに僕たちの部屋にやってきました。そんなときはいつも先生とけんかしていたり、何か気に入らないことがあるときでした。僕はドキドキしながらカウンターの上に置いてあるフォークとかをそっと隠したりしていました。しばらくモニカはダコタが遊んでいる姿とか、昼寝をしているのを眺め、気が鎮まったのかそっと部屋をでていくことがよくありました。ダコタはお母さん譲りのブロンドヘアーとブルーの目をしたかわいらしい子でした。彼女はどういうわけかお母さんとは違い僕によくなついてくれました。僕もそのころは子供がいなかったのですが、自分の子供のように可愛がっていました。こうした子供にとってお父さん役の人がいるととても安心するようです。
     ダコタは時々学校に2,3日つづけて同じ服を着てきたり、顔などもしばらく洗っていない様子で学校にくることがありました。そんなときに持っている哺乳瓶のミルクは悪くなっていてひどい匂いがしていました。ダコタも寝むそうで疲れていて、とても機嫌が悪いです。お母さんのモニカは、決まってボーイフレンド(ダコタのお父さんではない)に学校まで送ってもらったりしていました。ある日、それについてモニカに言ったのですが、聞いているのか、いないのかわからないような態度で、僕はどうしていいのかわからなくなっていました。そんなある日、カウンセラーからモニカについて事情を聞くことができました。モニカのお母さんもシングルマザーで、そのお母さんも精神に障害があり病院を出たり入ったりしているとのことでした。モニカは家族の面倒を一人で見ていたのです。そのためなかなか卒業試験にも受からず、生活費を稼ぐためにレストランなどでアルバイトをするのですが、ダコタの面倒をみたりで遅れてしまうのですぐにクビになっているようでした。そうしてイライラして、すぐに投げやりになってしまうようでした。
     一度モニカが言ったことがあります。「どうして私が悪いのよ!みんな私ばかり批難して!私ひとりで子供を作ったんじゃないのよ!なんで私ばっかり辛い目するのよ!」僕には返す言葉がありませんでした。その代り、できるだけのことをしようと思い、ダコタに中古ですが、服を用意したり、新鮮なミルクを買っておいたりしました。モニカからはThank youさえいってもらえませんでしたが・・・・
     2年後、僕は新しい仕事を見つけたので、その学校を離れることになりました。最後の日、生徒も帰った後、荷物をまとめていると、突然モニカとモニカのお母さん、そしてダコタが入ってきました。モニカは僕にお母さんを紹介した後、恥ずかしそうに、昨日ダコタと一緒に作ったといってA3サイズの厚紙に僕とダコタとモニカが写った写真を貼ってデコレーションした手作りのThank you cardをてわたしてくれました。そして「You know, Dakkota loves you very much. And we will really miss you, Taka. Don't forget Dakkota.」といってBig Hugしてくれました。僕は最後までモニカは心を開いてくれなかったなあと思っていたので、本当にびっくりして、同時に本当にうれしかったです。少しは彼らの役に立てたのかなあとおもいました。英語もうまく話せない僕でも、I thought that I could make thier lives a little bit better or easier. かなと思いました。
     今では僕にも3人の子供がいます。わっかているのですが、すぐ怠けて子供の子育てや家事をマリースに頼ってしまっています。そんなときマリースは決して文句を言いません。いつも黙って全部してしまいます。僕が気づくのを黙って辛抱強く待ってくれています。そんなときモニカのあの言葉を思い出します。「。「どうして私が悪いのよ!みんな私ばかり批難して!私ひとりで子供を作ったんじゃないのよ!なんで私ばっかり辛い目するのよ!」
僕たちはパートナーです。二人で一組です。お互いに助け合って子育ても頑張っていきたいです。モニカとダコタはものすごい大事なことを僕に教えてくれました。あれから13年が経ち、ダコタも15、16歳になっているはずです。どんな女の子になっているのかなと思います。
# by takatsugupapa | 2009-02-12 20:57 | 子育て
今日保育園に子供を迎えに行ったとき、初めて一人のお母さんに「ブログ読んでますよ。」と言われました。恥ずかしいようなうれしいような不思議な気分でした。拙い文章なのに読んでもらってとても感謝しています。

また長男の話ですが、長男がまだ2才ぐらいのとき、夕方よく近くの公園に連れて行っていました。まだ小さいのに滑り台が大好きで公園に着くや否やすぐに滑り台に走って行って梯子を登り始めます。短い足でちょこちょこと登り始めるのを見ていると危なっかしくてよく「危ないよ」といって滑り台の上へ運んであげていました。

また彼が車に乗るとき、自分でドアを開けてカーシートの乗り自分でバックルを締めたくてしょうがない時期がありました。こっちは仕事の時間もあるし、雪がどんどん降ってとても寒いので、じれったくなってバックルを締めてあげると火が付いたように泣き始め、急いでいるのでそんなこと無視して車を発進させていたこともありました。

そんなある日、長男を近くの公園に連れて行ったときのことです。いい天気のせいもあってすでに大勢の子供たちが遊んでいました。いくらかのお母さんはおしゃべりに夢中で、子供たちにあまり注意を払ってないようでした。ある程度子供が大きいと友達同士で遊ぶのでそれもいいのですが、せっかく一緒にきているのなら一緒に遊べばなあと思うこともありました。そんな中、僕は一人のお母さんがしていることに興味を惹かれました。そのお母さんは、長男と同じぐらいの女の子(2才ぐらい)を連れて来ていました。その子はこの間の長男とおなじようにすべり台の梯子を登ろうとしていました。その様子は長男よりもさらに危なっかしく見えました。それなのにそのお母さんはその子に手を貸すわけでもなく、その子が落ちてもすぐに掴まえられるように、その子のすぐ後ろに手をやり(体には触れていませんでした)「がんばって、もうすぐ登りきれるよ」とか励ましながら、見守ってあげていました。途中でその子がうまく足を梯子に掛けられなくてイライラして登るのを諦めようとしていた時も、その子を頂上に抱っこしてあげるのではなく、優しくステップ バイ ステップで少しずつ子供の足を次のステップに乗せてあげてできるだけ最少の手助けで子供に挑戦させてあげました。そして最後にやっと上まで上がれた時の、その子の本当にうれしそうな顔、それを成し遂げたという満足した様子、そしてそれを一緒の喜んであげているお母さんをみて、このお母さんは本当に優しくて、強いなあと思いました。

それからは、僕もこのお母さんを見習い、子供が遊んでいる時,眼を話さないで100%子供のことを気にかけてあげ、それと同時にできるだけ干渉しないで、最小限の手助けで子供を見守ってあげるように努めるようになりました。

それには、やっぱり僕に気持の余裕と時間の余裕が必要なこともわかりました。たとえば車の中でのカーシートのバックルについてです。大人にとってみれば、簡単なことなのですが、その子供にとってみればものすごい人生最大の挑戦なはずです。それを自分からやってみようと思っているのに、「早くしなさい!寒いからお父さんがやってあげるは!」と言ってしまう、大人のエゴでそのチャンスをつぶしてしまうのは本当によくないことなのです。今でもそうなのですが、自分で気がつかないうちによく子供に「早くしなさい」と言っていることがあります。これはものすごい親の身勝手な言葉だと思います。朝10分早く起きて準備して車に乗れば、たった10分間の余裕で、しっかりと子供の人生最大のチャンレンジを見守ってあげることができるし、それができたときには、一緒にそれを喜んであげることができるのです。自分にいつもよりすこし気分的、時間的余裕があれば、子供にとっても、自分にとても人生が1.2倍ほど(大袈裟かもしれませんが)楽しくなるはずです。頭では分かっていてもなかなか難しいのですが・・・

子供の安全をキチンと確保したうえで、優しく見守ってあげる(ほったらかしにするという意味ではないです)ってたぶん大事なことなのかなあって思います。

今日の絵本は、Mom Pie (Hardcover)
by Lynne Jonell (Author), Petra Mathers (Illustrator)
# by takatsugupapa | 2009-02-10 21:32 | 子育て

Bobby(ボビー)について

アメリカで小学校6年のTeacher's assistant をしていたことのことです。その学校には、一人の男の子がいました。彼の名前はBobbyと言います。Bobbyはとても明るく、ジョークとアメリカンフットボールが大好きなクラスの人気者でした。彼は他の子と同じように授業を受け、ランチタイムには友達と一緒に楽しい時間を過ごし、時にはフードファイトにも参加する普通の男の子です。ただBobbyは生まれたときから、首から下がほとんど動かず、なんとか動く指先でコントロールできる電動の車いすで学校生活を送っていました。授業もみんなと一緒、食べるのも一緒、体育も一緒です。他の子も別にBobbyを特別扱いするわけでもなく(ただ彼が手助けが必要な時はみんなで助けてあげていました。)僕も一度も生徒が彼の陰口などをいっているのをきいたことがありませんでした。唯一困ったことは時々混雑している廊下で(アメリカでは子供がクラスを移動します)Bobbyが電動車いすのタイヤ(結構重いです)で友達の足を轢いてしまうことぐらいです。僕も一度轢かれましたが結構痛いです。子供たちはBobbyが幼稚園の時から一緒なので別になにも特別なことはなく、逆に先生の方が最初戸惑っているようでした。ある先生は最初に彼にあったときに思わず「Bobby!」と言って彼にHigh Five(ハイタッチ)を求めたりしていましたが(Bobbyもとまどっていましたが、)、一か月もしないうちに、廊下で先生は椅子に乗って子供に押してもらい、Bobbyの電動イスとどっちが先に向こうの壁に着くか競争したりしていました。Bobbyにはいつも補助の先生が付いていて、ノートを彼の代わりに書いたり、宿題やテストのときには彼が言ったことをそのまま紙に書いてあげたりしていました。学校は彼にボイスリコグニションが付いたラップトップコンピューターを貸し出したりもしました。(あまり性能が良くなく使えませんでしたが)
学校も生徒も先生もbOBBYの両親もみんなBobbyをみんなと同じ一人の生徒として認め、また彼の身体的Disabilityを理解した上で必要な時は彼を助けてあげていました。それもかなり柄の悪い子供たちもBobbyを友達として付き合っていました。その学校には特別学級(今はそう呼ばないかもしれませんが。)はありませんでした。
Bobbyの他にもKids with Learning Disabilities, ADHDなどの子供もいましたが、サポートが必要な子はちゃんとエイドの人が付き、他の子供と一緒に授業を受けていました。確かに時々授業の進行に支障をきたすこともありましたが、子供たちもそれも授業の一環として受け入れているように見えました。ある日、僕が先生にこうした制度について尋ねてみると、「子供たちにとって、大人になり社会に出るといろいろな人に出会い、そうした人々とうまく生活していかなければならないでしょう。こうしたことを子供のころから経験することが必要で、社会にでたあとでも、自然に、この現代社会(平等ではない社会)に順応し、お互いの違いを理解し、尊重することができるようになるだよ。」と教えてくれました。なるほどなあと思いました。
現在の日本の教育現場についてはよく知りませんが、たぶん同じようなシステムがあるんだと思います。あってほしいです。またこうしたことを授業で教えるというよりは、普段の学校生活の中で当たり前のこととして存在すれば、自然とお互いの違いを認めながら、平等な社会を作る方法を学べるんだろうなあと思います。
今日の絵本は、Special People, Special Ways (Hardcover)
by Arlene Maguire (Author), null (Editor, Illustrator), Sheila Bailey (Illustrator)
# by takatsugupapa | 2009-02-09 20:08 | アメリカの生活